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2015年8月 3日

施川ユウキ『バーナード嬢曰く。』(REXコミックス)

 

 何やら Amazon 先生がアツくオススメしてくるのでYahooブックスで試し読みしたところ、おもしろそうだったので購入。「たしか『がんばれ酢めし疑獄!!』描いてた人だよな」ということしか知らなかったのだが、あれとは方向性も作風すらもまったく異なる、「読書家ぶりたい女の子・町田さわ子が、いかに本を読まずに “通” ぶるか」を追求するという、他ではまずお目にかからない題材。さわ子はそんな調子だが他のキャラは本が好きな読書家で、登場人物のセリフを通して作者がその本への思い入れや、ツッコミを語るのがメイン。出てくる本すべて、作者がホントに好きなんだなーというのが伝わってくる。


「あらすじ本」をオススメされたときの、さわ子の抵抗。もう、いっそ普通に本を読んだほうがラクなんじゃ……。

 このマンガの登場人物は全員友達がいないようなヤツらだが、図書室と本を介して徐々に仲良くなっていくのが微笑ましい。イヤなヤツがひとりもいない。さわ子もさわ子で楽をしたいなりに真剣に本と向き合っており、 活字が壁となっているだけで、根っこのところは本大好きっ子なんだろうなーと感じられる点もイイ。

 特に、SF マニアの神林しおりが良いキャラ。本好きなだけに、読まずに通ぶろうとするさわ子に怒ったりアイアンクローを決めたりするのだが、ちょっとずつ仲が良くなっている。百合とまではいかないけど、この「ヘタするとヒロインを食ってしまいそうな魅力を持つ脇役がヒロインに対して過激なツッコミをする、微・百合的描写も」というスタイルは、何気に近年の萌えマンガ・アニメがキッチリ押さえてる重要な要素なんじゃないかと思う。『らきすた』とか。『キルミーベイベー』とか。『てーきゅう』とか。この前調べたら、いつの間にか5期までやっててビックリした。

 でも、さわ子と神林のイチャイチャは、そういう萌えとはかけ離れた、なんというか、ものスゴく中身のあるイチャイチャなんだ。神林は SF ファンだが、他ジャンルの本にも分け隔てなく接し、そのすべてのレビューが的確かつ共感できる。神林が出てくるたびに「今度はどんなアツいレビューを聞かせてくれるんだ」と楽しみになる。キャラデザインの段階で「SF は擁護するけど、他ジャンルは貶める」みたいなキャラ付けにしそうなのに、自分の好きなジャンルの本であってもダメな点はダメとして認めるし、他ジャンルの本も、良かったと思うものはガンガンほめる。そして、微妙だと感じたものに対しても、自分が感じた違和感の正体を突き止めるため、独特の視点で納得いくまで読む。その結果をさわ子にアツく語る。良いキャラだ。本好きなら全員「俺の嫁」って言い出すだろう。早くも個人的 2015 マンガベストヒロイン。水嶋ヒロの『KAGEROU』をここまでアツくフォローしたヤツを知らないよ、俺は……。

 怒涛のように本を挙げてはレビュー・ツッコミの繰り返しなのに、知識をひけらかすイヤミな感じになっていないのは、「正直、時々よく分からないものはあるし、分からないときは分からないまま読んでる」ということをぶっちゃけてるからだろう。多分、本好きには結構思い当たるんじゃないだろーか。でも「書いてる作者も多分、よく分からないまま書いてる」説をぶち上げたときは笑った。


こんな本のオススメ法、見たことねぇ

 このマンガに登場する本たちは、そのスジの評論家などの手にかかると「こんな単語、日常生活ではまず聞かねーよ」といった、半ばオナニーじみた自己陶酔的な気取った文で解説されがちなものが多いのだが、このマンガでは、多くの人の理解を得られるように丁寧に描かれている。作者が全然背伸びしないで、読書の際に思ったこと・感じたことをそのまま描いてるところにスゴく好印象。アーンド、それをおもしろく見せられるというのは生半可な技術ではない。

「気にはなってる本はあるけど活字が苦手」という人も、きっと共感を得ながら「この本、読んでみようかな」と思えるだろうし、本好きにとっては “あるある”、まったく本に興味がない人でも、多分おもしろい。「本好き」「本ニガテ」「興味なし」という相反する3つの層を楽しませる内容は見事の一言。

 長く続いてほしいマンガだけど、ページ数に対して本ネタの消費量が凄まじいので、長く続けるのは難しいかもしれない。とにかく「いつまでも読んでられるな、これ……」という安心感は、近年の他のマンガにはない居心地の良さ。

 自身の初単行本のあとがきで「僕はマンガ家のくせにマンガを描くのが嫌いだ。絵がどうしようもなくヘタクソだからだ。どうやったら効率的に手を抜くコトができるかというコトばかり日々考えている。おかげで一向に画力が上達しない。」などと書いてしまううえに『え!?絵が下手なのに漫画家に?』という著書まである施川センセイだが、このマンガに関しては、この絵柄のまま成長しないでほしいとすら思う。たしかに上手ではないが、切り紙版画のようなものを感じさせる、独特の訴求力と暖かみを持つ絵柄だ。神林とか、この絵柄じゃないと出せない表情がゴロゴロある。

 1巻の最後で電子書籍の話題が出てきて、「電子書籍で本を探すなら、図書室にはもう来なくていいのかー」とこぼすヒロインに対して、顔真っ赤にしながら「やめろやめろ電子書籍なんて!」と言う男主人公の図は新しいラブコメ表現。個人的には場所とりすぎで心底困ってたので電子書籍歓迎派だったが、このマンガのような、本好きたちによる図書室での出会いや会話そのものがなくなるのかと考えると、1冊の本が結びつける「人と人との関係」こそが、電子書籍が失わせる本当に大事なものなのかもしれない……。

 読んでてふと思い出したのが、マンガ内でも名前が挙がっていた村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。Amazon カスタマーレビューのトップにある長文が珠玉の出来で、この書評だけでこの人は何か受賞すべき。町田さわ子じゃないけど、これ読むだけで、本のほうは読まなくていいレベル。しかもこの人、他にもやたら村上春樹の本のレビューしてて、わけわかんないのに、なんでそんなに読むんだよ!? 理解しようとして必死にいっぱい読んで、その結果、自分の心に正直になってブチ切れたのがこのレビューなんだろう。

 どんなに批判的な内容であっても、姿勢は真摯。ゲームレビューもこうありてぇなァ、と思った夏の朝でございました。暑い。

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