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2009年6月17日

中途半端に遅い『逆転検事』レビュー

パッケージ

「あとで書こう、あとで……」と思っていたら1週間、2週間と時は経ち、危うく忘れるところだったので、急いでまとめたよ『逆転検事』レビュー。最近は何を書いても長くなってしまうので、要点を簡潔に! ……と思ってたらやっぱり長くなったので、適当に斜め読みしてね!


■システム上の欠点

・画面右下の「調べる」
 マップを移動しながら調べるとき、 “画面右下に「調べる」と出るかどうか” で調べられる箇所を判断すると思うのだが、プレイヤーがタッチペンを持つ右手に「調べる」が遮られてしまうため、タッチペンを持つ手を画面下方にずらすか、やや左に倒して操作しなければいけない。左利きの人にとっては何の問題もなさそうだが、「調べる」表示は画面上方に出すべきだったのでは。

 さらに言えば、ミツルギたちが実際にマップ画面を移動する必要性は薄かったように思う。もちろん、これがないと『逆転裁判』の探偵パートそのものになってしまうが……。

 マップを昔ながらのアドベンチャーゲームのように 2D の1枚絵にする……と、ホントに旧世代の作りになってしまうし、3D 化して、主観視点でしゃがんだりホフク前進みたいな状態もできるようにして、本棚と床のスキマに落ちていた証拠品を発見する……などの要素があったら面白かったと思うけど、DS で 3D はキツいしなァ……。

・指摘すべきことはもう分かっているのに進まない
 これまでの『逆転裁判1~4』でもあったことだが、何が怪しいか「指摘すべきこと」は分かっているのに、証拠品の組み合わせが正しくなかったり、微妙に調べきれていないがゆえにミス扱いになることが多々あった。いい加減、こういったことを防ぐ方法はなかったものだろうか。「簡単にしろ」と言っているわけではない。失敗にも納得が欲しいのだ。「え、これでダメなの? なんで?」という状態が生まれるのは、やはりよろしくない。


■ストーリーについて

・構成の難
 1話完結型ではなく、全5話がストーリー全体に密接に関わっており、その話の中で起きた謎が、その話だけでは全て解明されない。時間軸も前後しまくるため、3話、4話と進めていっても、いまひとつ、進行度というか達成感が感じられない。1話完結にして、一見関係ないように見えたいくつかの事件が最終話で一気に繋がりを見せたほうが良かった気がする。

 たとえば、『4』は全体で見ると壮大な話なのだが、ひとつひとつの話がそれ自体で一応完結しており、最終話で結実する。しかし『逆転検事』では、ひとつの話が終わっても謎が残っていることが多く、釈然としないまま次の話に進まされている印象を受けた。特に第1話の “ミツルギの背に銃を向けた人物” は結局誰なのか、その話の中で判明しないのはいただけなかった(第1話の中に登場しない人物である)。

 あと、第1話で「ミツルギたちは被害者と繋がりが深すぎる」ということで「自分が事件を担当する」と言い出したユウキ検事だが、ミツルギたちよりもユウキ検事のほうが繋がりが深くないか?

 あと、主に最終話だが、「くっ、もう追い詰められそうな証拠がない……ここまでなのか……!?」→「待った!」→「お、お前は!?」→「アイツがくれたこのチャンスを絶対に生かす! 追い詰めてみせる! これが最後のチャンスだ!」といった展開が何度もありすぎて、プレイヤー側のテンションが上がりづらい。「今度こそこれでラストか!」と思ってたらまだ続きがあった、ってのが繰り返されるため、息継ぎしようとしたらまた水中に顔を突っ込まれるような息苦しさを感じる。ゲームのシナリオにおける「効果的かつ段階的な盛り上げ方」というのが考えられていない。『逆転裁判』シリーズと比べると、最も劣っていると感じた部分かもしれない。

『逆転裁判1~3』でも、こういう展開はあったが、「よ、よーし繋がった」的な安堵感があった。……うーむ、何が違うのだろう。


■各キャラクター雑感

・ミツルギ

 主人公はさまざまなハプニングとピンチに遭遇しなければならない! ……ので、本来のクールなキャラクターには似合わないような事件の巻き込まれ方をすることが多々あるが、単にクールなだけではなく、元々少しユーモアがあるキャラだったので、成歩堂よりは理知的なカンジで、意外と違和感なく主人公としてゲームを進めることができた。

 オバチャンの登場による慌てっぷりなどはもはやシリーズ名物だが、オバチャン以外にも、こういったシリーズファン向けのサービスは多く仕込まれており、逆に仕込まれすぎていて、これが初めてプレイする『逆転』シリーズという人には理解できない要素が多すぎるんじゃないかな……という気はした。

「これは『逆転』ファン向けのゲームなんだから、そんなの当たり前じゃないか」と思う人もいるかもしれないが、開発側は雑誌のインタビューなどで「『逆転』シリーズをやったことない人でも楽しめるように作った」と公言している。
 たとえば『4』は、『1~3』を知らずともプレイできるし、知っていれば尚、楽しめる。これは、『1~3』と『4』の繋がりを極力削り、前作の関連キャラなどが出てきても「知ってる人だけ分かればいい」作りになっているからだ。

 しかし『逆転検事』では、いちいち「この人はどっかで見たような……」とミツルギのモノローグが入ったり、個性が強いキャラなのにチョイ役だったりで、初めて遊ぶ人の中には「こいつが怪しい!」と本気で思う人もいるんじゃなかろーか……と余計な心配をしてしまうのであった。


 ・一条美雲

 口が大きめにデザインされているせいか、マンガ的な親しみやすさがあり、久々に好感が持てるキャラだったように思う。「ぬすみちゃん」の性能がチートすぎるけど。事前に雑誌等で「怪盗」的な紹介がなされていたため、第2話のコノミチは美雲の変装かと思ってしまった。だって、キャラデザインが似てたんだもん……。

 あと、笑ったときの口が大きいことと、これまた微妙に似ているため、美雲は一条ではなく葛の娘なんじゃ? とも思ってしまった。結局、関係なかったみたいだが……。


 ・イトノコ

「イトノコだなあ」としか言えない活躍だったが、これはつまりイトノコというキャラを完璧に動かせていたということなのだろーか。うーん、奥が深いぜイトノコ。


 ・ロウ捜査官

 アクが強かった『逆転』シリーズのキャラと比較すると、これでも地味で個性が弱く感じるから不思議だ。『4』の牙流検事もそうだったが、不利になった場合の表情やポーズがあまりデフォルメされないからではないだろうか。そう考えると、『3』のゴドー検事の個性は凄まじかった……。


■全体について

 いわば『逆転裁判』の探偵パートオンリーにして、簡易的な裁判パートをくっつけたようなゲームシステムなので、スピンオフ作品とはいえ、『逆転』シリーズが進化しているとは言いがたい。

 キャラクターの項でも書いたが、「『逆転』シリーズをやったことない人でも楽しめるように作った」とは言われているものの、プレイしてみると、やっぱりシリーズファン向けの外伝ソフトという印象が強い。『逆転裁判』の持つ力に、相当もたれかかった作りになっている。

 特に「異議あり!」は法廷だからこそ意味があるセリフなので、殺人現場の検証中に、現場で重要参考人や死体の第一発見者などに証言させて「異議あり!」と言うのは違和感がつきまとう。今回はゲームの性質上、机を「バン!」と叩く動作がなかったが、あれは意外と『逆転裁判』のアツさを構成する大事な要素だったんだなとも感じさせられた。

『逆転裁判』では、探偵パートと法廷パートに分かれていて、探偵パートが終わった時点でその話の折り返し地点だというのが分かっていたので、一息つくべき場所がなんとなく分かったのだが、本作ではどこが区切りなのかが分かりづらかった。その話のクライマックスが終わりかけているときに「あ、これもしかしてクライマックスじゃね?」という感じ。

 本作は巧氏が関わっていないとの事だが、『逆転』テイスト自体はよく研究されていると思う。ただ、『逆転』シリーズの核の部分というか、形勢不利を「逆転」した時の「キター!」感が弱く感じた。これはシリーズ名物でもある敵のリアクションが弱かったこともあるが、成歩堂とミツルギではキャラクターが違いすぎることも大きいように思う。成歩堂がホントにピンチに陥った時、画面の右側からさりげなく助けてくれる時のミツルギがカッコ良すぎるため、やはり彼は脇役でこそ光るキャラな気もする……。

 システム的に特筆するような部分がないため、あくまで外伝であり、続編のようなものは期待できないだろう。『4』もそうだったが、『逆転』シリーズをこれからどういった方向で成長させていくか、今がまさに混迷の時であり、『逆転検事』は、その時間稼ぎとも言える。巧氏による何らかの新作が作られていると嬉しいが……。


■ゲームのレビューをする、ということの価値

 書いていてつくづく思うのが、「これは良かった! オススメだよ!」というレビューでない限り、誰も得をしないということ。今回のように、良かった点をあまり挙げられないレビューは「買うかどうか迷ってる人が買うのを辞める」手助けにしかならない。「本当に心からオススメしたいと思えるゲームに出会えたときだけ書けばいいじゃん」と思われるかもしれないが、それだと開店休業状態になるのは目に見えている。

 それでも、「気になるゲーム」は次から次へと発売される。それらを「お金を出してまで買って、時間を費やしてまでプレイする価値はあるのか?」と考えたとき、やはり購入かスルーかの指針となるものは欲しいと思うのだ。

 過去に、雑誌「ゲーム批評」で堀井雄二氏が「人それぞれ感じ方が違うのだから、Aの人が面白いと感じても、Bの人には面白くないかもしれない。また、その逆もあるわけで、ゲームを批評したり、ましてや点数をつけたりすることはまったくの無意味」みたいなことを遠まわしにやんわりと書いていて、「さりげなく雑誌の存在そのものを否定されてるよゲーム批評!」って感じだったのだが、昔は「そうは言っても、だいたいどんな感じのゲームなのかの目安にはなるだろう」と思っていたものの、最近は「そうかもなあ」と感じるようになった。「人前で、政治と野球の話はするな」という言葉があるが、ある意味、ゲームもその1つになりつつあるような気がするのだ。

 ラーメンが好きな人って、今、地球上に存在する全種類のラーメンを食べたことがあったとしても、まだ自分の行ったことのない「隠れた名店」と聞くと、やっぱり行ってみたくなるらしい。「しょうゆラーメン」と一口に言っても全国同じではなく微妙にそれぞれ違うように、ゲームで「RPG」「アクション」と言っても、味付け次第でいろんなものが生まれる。ゲームのレビューというのは「ラーメン食べ歩きガイド」みたいなもので、全国を渡り歩いてありとあらゆるラーメンを食べつくした達人でも、フラリと入ったコンビニで「まだこんなにあった! 隠れた名店 100」みたいなタイトルの本を見かけたら、やっぱり、ちょっと読んでみたくなると思うのだ。「その中にひとつでもアタリがあるなら、めっけもん」て感じで。

 何を言いたかったか分からなくなってきたけど、えーと、要するに……ゲームのレビューというものに価値を見い出したいというか美味しいラーメンが食べたいというか……えーと……俺がラーメンだ!

 堀井雄二氏の言葉に「いや、それは間違っている」と堂々と言えるような答えは果たして見つかるのか。俺は、それを日々、探している……。

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