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2001年2月17日

明日があるかどうかは自分次第

「明日がある」という言葉が嫌いだ。

 本来は「どんな絶望のどん底でも必ず希望はある」とか「くじけずにまた頑張ればいい」、ちょっとキザな言い方をすれば「どんな夜にも朝は来る。終わらない夜はない」とかいうポジティブな意味合いを持つ言葉なのだろうが、俺には妥協の意味にしか聞こえない。とにかく「明日やればいい」みたいなニュアンスが鼻につくのだ。

「明日」ではダメである。何がなんでも「今日」であり、がむしゃらに頑張って頑張って気付いたらもう明日、というような奴にだけ「明日」は来るのである。

 だからと言って相田みつをの「明日じゃできねんだよなぁ 今のことは今しかできぬ」という言葉も嫌いだ。別に天邪鬼なわけではなく、これはこれで「今日できることはなるべく今日片付けてしまおう」というごくごく当たり前の教訓にしか聞こえないからだ。「そんなんお前に言われるまでもないわ」といった感じ。片付けられるものなら片付けとるっちゅーねん。

 さてここまで書いて、なんか良い事でも言いそうな雰囲気だが、別にそういうわけじゃなく。ただ単に有線で「明日~が~あ~る~」とかいう歌がしつこく聞こえてきたのでそう思っただけであります。浜ちゃんが歌うと、坂本九とは別のニュアンスに聞こえるんだよなァ……。

 で、閉店後の掃除をしてたら、共食い☆しちゃったゴールデンハムスターの生々しい残骸を目撃。今回のはヤバい。ハッキリ言ってよく道で轢かれてるネコの死体とかあるけどそんなレベルじゃねぇ。ほ、骨が。同ケージ内の他のハムスターたちは死骸からちょっと離れたところで何事も無かったかのように普通に寝たりしてるし。ゴールデンハムスターだけはマジで怖ぇ。ヤツら肉食じゃけぇ。

 社員のN村さんに「またハムスターが共食いしてましたよ」と言うと「一度、味をしめたら何度もやるからねぇ……」。そ、そうなんだ。やっぱり「あんまムカついたんでアイツ食っちゃったけどなんか美味くない? ひまわりの種より数倍デリシャス」とか思ったのでしょうか。禁断の味に目覚めて。

 ここで困るのが、犯人(犯ハム?)が、どいつか分からないこと。気付いたらすでに死骸が転がってる有り様ですからね。姿なき殺人者。いや殺ハム者? 味をしめてるのが1匹だけだとしたらそいつを隔離すれば平和は戻る気がしないでもないですが。……まあ、最後の1匹になれば自然とわかるんですがね。

 しかし、ケージ内のこの状況で「明日~が~あ~る~」とかいう歌が聞こえてきても説得力ゼロだなホントに。






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